<Der Freischütz:デア フライシュッツ(魔弾の射手)>
「なーんだよぉ、貴音ぇ。むくれてんのかぁ?」
響は言いながら貴音の隣に腰掛けた。
「むくれてなどおりません!」
何時もの様に紅茶を静かに啜りながら貴音は語気を強めて言い返す。
「むくれてんじゃん。うりうりぃ~、カワイイやつめ♪」
プニプニと二の腕を突付く響に動じもせず貴音は再びティーカップに口をつけた。
「ちょーっとプロデューサー君と話しただけじゃんかぁ」
響はテーブルに置いてあったティーポットから新しい紅茶をカップに注いで一口啜る。
「むくれてません」
そう言いながらも貴音の語気は変わらない。
「ふ~ん、じゃまた気軽に話しかけちゃおっかなぁ?」
「なっ!?」
しまったと思う頃には既に遅かった。
貴音が振り向くと響はニヤニヤと笑っていた。
「まーったく、その分じゃまだ進展ないんだねぇ」
ティーカップを口に当てたまま響はチラリと貴音を覗き込む。
貴音は暫く視線を受け止めると静かに瞳を閉じて、紅茶を一口して小さく溜息を吐いた。
「はぁ…正直に申し上げて響が羨ましいです」
カップを手にしていたソーサーに戻し、紅茶に揺れる自分の顔を見ながら貴音はそう話し始めた。
「ん~、何で?」
「私も響の様に、話し掛けられればと…」
貴音のその言葉に今度は響が深い溜息を吐く。
「はぁ…貴音は考え過ぎなんだよ。て言うかそんな事考えたって始まらないゾ?」
響は言いながら貴音の方へと距離を寄せた。
「前にも言ったと思うけど、そんな事考えてる内にもう好きは好きなんだからさ。諦めなよ」
「それはそうなのですが…」
「もうさ、自分達には何も無いんだよ?皆が認めてくれる様なトップアイドルにだって2回ずつなった。TOP×TOPもアイドルアルティメイトも終わった」
響はふっと視線を下げた。
「がむしゃらに頑張って、いっぱい汗を流して嬉しくて悲しくて涙を零して沢山の声援を受けてアイドルとしてはもうこれでもかって言う位幸せになった」
響の言葉に貴音はこれまでの事を一つ一つ思い出していた。
「自分は伝説になろうとかそんな風に思わないからさ。これから出てくる子達の目標になれたからそれでいい。そしたら…後はさ、もう引退を待つだけなんだよ」
貴音は黙って響の言葉に耳を傾けていた。
「また、離れ離れになっちゃうかも知れない。だったら残りの期間は目一杯楽しくやらなきゃさ、アイドル活動も恋もさ!」
そこまで言って響は照れ臭そうにはにかんだ。
「プロデューサー君も奥手だからさ…このままだと何も無いかもしれないし。貴音もまだデビューもしてないのに引退する気は無いだろ?」
「それは、そう…ですね」
「じゃあ貴音は自分の為に残された期間を使いなよ!自分も美希も協力するし応援してるからさ!」
それからしばらくしたある日
貴音達は再び沖縄での最後の休暇を満喫していた。
貴音は以前よりほんの少しだがプロデューサーとの会話が出来る様になっていた。
今まで変に意識をしていた所為か仕事の話し以外の事が中々話せなかったのだがこれまでに比べると幾分ましになった。
その中で気付けた事もあった。
彼と話す内に知らなかった彼の事が一つずつ解っていく。
そんな彼の事を知れる喜び
そしてそれとは逆に自分の事をもっと知ってほしいと思う気持ち。
いつか響が言っていた事の意味が一つ解けた気がした。
何も考える事などなかったのだ。
今はまだ彼の事を何も知らない。
だけどそれだけなんだ。
これから共に過ごして行く内に色んな事が解っていくのだろう。
きっとそんなものは時間が解決してくれる。
口にしてみると意外と簡単だった。
そんな小さな事ながら少しずつ進展を始めていた今日
貴音はプロデューサーをとある場所へ呼び出したのだった。
そこは響がデビューする事を決心した思い入れのある場所だと言う。
響はその丘を自分の最もお気に入りの場所だと言って貴音に教えてくれたのだった。
彼が到着する前から高鳴る鼓動が聞こえて止まない。
色々な事が思い出される。
彼と初めて出会った時の事
彼が示してくれた道
自分の居場所
彼は沢山の事を貴音に教えてくれた。
そう言った活動の日々ももう直ぐ終わってしまう。
貴音達に残されている時間はそう多くなかった。
そしてそんな中で何時まで経っても貴音の気持ちに気付かない彼に業を煮やして響が今日の事を提案してくれた事
ホテルを後にする自分を見送ってくれた響と美希
そんな自分を思ってくれる仲間を与えてくれたのも彼だった。
「絶対射止めなきゃだめだゾ!」と言っていた響の言葉を思い出す。
貴音は深く息を吸って静かに歌い始めた。
Mein Sohn, nur Mut! マイン ゾーン ヌーア ムートゥ
Wer Gott vertraut, baut gut! ヴェーア ゴーット フェアトラオトゥ バウトゥ グートゥ
Jetzt auf! In bergen und Kluften イェッツァオフ イン ベルゲントゥ クリューフテン
Tobt morgen der freudige Krieg! トゥモルゲン デアフロイディーゲ クリーク
Das Wild in Fluren und Triften, ダス ウィルディン フルーレントゥ トゥリーフテン
Der Aar in Wolken und Luften デア アーリン ヴォルケントゥ リューフテン
Ist unser, und イスト ウンゼーントゥ
unser der Sieg! ウンゼー デア ズィーク
unser der Sieg! ウンゼー デア ズィーク
unser der Sieg! ウンゼー デア ズィーク
「ふぅ…」
パチパチパチパチ
貴音が小さく息を吐くと何処からとも無く拍手が聞こえて来た。
「貴音の歌は何時聴いても素敵だね」
拍手の主はプロデューサーだった。
「魔弾の射手だね?」
「良くご存知で」
サクサクと草を踏みしめながらプロデューサーは貴音の隣まで歩いてくる。
「僕も少しは貴音の趣味を覚えようかと思ってね、丁度この前聞いたばかりなんだ」
答えが間違っていなかったのが嬉しかったのかプロデューサーは笑いながらそう言った。
「左様ですか」
プロデューサーが同じ事に興味を持ってくれたと言う事が嬉しかった。
「いや、それにしても本当に綺麗だねぇ。思ってた以上の風景だね」
そう言ってにこやかに笑った彼の笑顔が夕日に照らされて何時もよりも爽やかに感じられた。
トクン
と胸が高鳴る。
「あ、あの…」
「僕達もいよいよここまで来たんだね」
貴音の声とプロデューサーの声が重なる。
「え?」
「なんだかこの景色を見てたらそんな事考えちゃってさ…。貴音達ももう誰も文句が言えない程のアイドルになったなぁと思ってね」
プロデューサーは嬉しそうにそう言った。
「そんな風に私は思っておりません。私だけではなく、響も美希も同じ気持ちだと思います」
「あははっ、だろうね」
貴音の言葉を聞いてプロデューサーは先程よりも嬉しそうに笑った。
「だからこそだと、僕は思うよ」
「?…どういう事でしょうか?」
「こんな業界だからトップに立つと言う事には色んな意味があると思うんだ。人を意のままに動かしたり、業界での権力を得たり」
「えぇ」
「両手に収まりきらない程の富が欲しいから、沢山の褒め言葉を聞き続けて居たいから。全員とは言わないけどそれを目標にしてる子は沢山いると思う」
「…」
「でもそうじゃないと思うんだ。きっと、小さな事から諦めずにコツコツとこなしてそう言う事を成して積み重ねた子がトップアイドルになってるんだと思う。
だからきっと…貴音達はなるべくしてなったんじゃないかな?」
プロデューサーが言い終えると風の音と小波の音だけが聞こえて来た。
風に揺られた木々のざわめきに混じって小さく息の吐く音が聞こえてくる。
切れ切れの…小さく、息を吐く音
「貴音?」
プロデューサーが振り向くと貴音の肩が小さく震えていた。
「ど、どうしたの?」
肩を震わす貴音の姿を見てプロデューサーは思わず声を掛けた。
「いえ…少し、嬉しくて」
「え?」
「ぐす、その…あなた様のお言葉が嬉しくて…」
貴音は小さく鼻を鳴らしてそう答えた。
これまで何度も挫けそうになった事もあった。
貴音が挫けそうな時は美希や響が、響の時は自分や美希が
そうやって諦めずに頑張ってきた。
全てが楽しい事ばかりではなかった。
悲しい事も
辛い事も
意見の食い違いから仲違いする事もあった。
だがそれを乗り越えて今の自分達がある。
そしてそれを認めてくれる人がいる。
唯一人でも、それだけで充分だった。
自分のやってきた事に、自分の与えられた世界に意味があったと実感出来た。
「ぐすっ…うぅ、ひっ…。くふっ…ぇ、よか…った」
「貴音…」
「あな…を。…あなたを、好きに…なって。良かった…」
貴音はそのままもたれ掛かる様に彼の胸に顔を埋めた。
「へ?」
微かに聞こえた貴音の言葉にプロデューサーは耳を疑った。
しかし、聞き返す余裕も無くプロデューサーは戸惑いながらもただ貴音が泣き止むのを待つしかなかった。
静かな風と波の音だけが二人を包み込んでいた。
夕日を浴びてオレンジ色に輝いていた貴音の銀髪はいつの間にやら水平線から顔をだした月明かりに照らされ冷たい光を帯びていた。
「取り乱して、申し訳御座いませんでした」
貴音は落ち着いたのかそう言って埋めていた顔を離す。
「いや、その…それは構わないんだけど…」
それに反してプロデューサーの気持ちは落ち着かなかった。
「あなた様とお会いしてから、私は随分と泣き虫になりましたね」
「それじゃあ、なんだか僕が泣かしているみたいだね…」
「半分は外れていないと存じます」
クスッと微笑みながら嬉しそうに貴音は話す。
「出会った時はまるでお人形さんみたいだった貴音が、感情が豊かになって僕は嬉しい限りだけどね」
「フフッ、左様ですか」
「じ、じゃあそろそろ戻ろうか。あまり遅いと皆が心配するし…」
そう言ってプロデューサーが身を翻そうとした時
貴音はキュッと彼のスーツの襟を摘んだ。
「っ?…貴音?」
「まだ…」
「…まだ?」
「まだ…お答えを頂いておりません…」
貴音はゆっくりと顔を上げた。
貴音の紅く染まった頬が月明かりに照らし出される。
「答え…」
「もう一度…言わせる気ですか?」
プロデューサーが見つめた琥珀色の瞳にはうっすらと透明の膜が張っていた。
「ごめん…」
「…っ」
貴音の息が詰まる音が聞こえた様な気がした。
「あ、いや!そう言う意味じゃなくて!そのもう一度言わせるのか?って事に対してのごめんで…その」
貴音の一瞬で曇った表情を見てプロデューサーは慌てて言い直す。
「アイドルの貴音の事を考えれば出来れば断りたい。でも…僕は」
「…」
「一人の女の子としての貴音と一緒に居たい。僕も…貴音の事が、好きだから…」
恥ずかしさの極みの様な顔をしながらプロデューサーはそう口にした。
プロデューサーの言葉を聞いて少しの沈黙の後、貴音はニコリと目を細めた。
溜まっていた涙が一滴頬を伝う。
「良かった…」
ギュッと彼の背中に腕を回す。
彼もそれに答える様に貴音の背中を抱いてくれた。
「でも…その、本当に僕なんかで、良いのかなって…」
貴音は彼の胸の中で小さく微笑んだ。
「あなた様で無くても良かったのかも知れません」
「へっ!?」
思った通りの反応に貴音は笑みを隠せなかった。
「くすっ、ですが人は優しくしてくれる人が居たら嬉しいものです。それに私は我侭ですからその優しさを独り占めしたい」
「うん…」
プロデューサーが返事をすると貴音は一層抱き締める腕をギュッと強めた。
「私はあなた様から受け取ってばかりでした。あなた様は私に思い出を与え続けてくれました」
幸せそうな溜息を吐いて貴音は話し続ける。
「そして今、あなた様の心の中に私の欠片が一つ積み重なりました。私からあなた様へ一つお渡しする事が出来ました。ですから…」
「…」
「もう、あなた様でなくてはいけません」
そう言うと貴音はプロデューサーが今まで目にした事のない、嬉しそうな表情で微笑んだ。
自分の質問が愚問だったと気付きプロデューサーは照れ臭そうに頬を掻いた。
「プロデューサー様」
「ん?」
静かに視線が交差する。
貴音は静かに瞳を閉じた。
「…いや、ちょ。貴音ちょっと待って」
慌てて声を上げるプロデューサーの言葉に貴音は瞼を開いた。
「流石に、ね。まだアイドルな訳だし…その、何かあったら今後の活動に障るって言うか」
プロデューサーの言葉に貴音はまた小さく笑みを零した。
「クスッ、左様でございますか。かしこまりました」
「良かった…あ、別に嫌って訳じゃないないからね?」
「存じ上げております」
「じゃあ、戻ろうか」
「はい」
プロデューサーの後に続くようにして貴音は歩き始めた。
「フフフフフッ」
坂を下りる途中、貴音は響の言葉をもう一つ思い出していた。
ここでの提案をする時に響はこう言っていた。
「プロデューサー君は意気地なしだから、ちゃんと貴音がリードしてやんなきゃ駄目だゾ!」と
そして結果的に告白も貴音からと言う事になり響の予想通りとなったのが可笑しかった。
「どうした?」
数歩先からプロデューサーが声を掛ける。
「いいえ、何でもございません」
「そうか」
プロデューサーは貴音の返事を聞いて歩みを再開する。
暗くて道が見えないのでプロデューサーが先を進み貴音がその後を続いて歩いていた。
丁度坂の中腹まで来ると町の明かりが幾つか見え始めた。
「きゃああぁっ!」
不意に貴音が悲鳴を上げた。
「貴音っ!?」
慌てて振り返ると貴音は滑った訳でもないらしくそこにポツンと佇んでいた。
「どうしたの?」
駆け寄ると貴音は何かを包み込む様にして手を重ねていた。
「いえ、何かが不意に飛んで来たので思わず掴んでしまいまして…」
ホッとプロデューサーが安堵の溜息を吐くとちょっと嫌そうな顔をして貴音は胸の前で手を重ねていた。
「虫でしたら嫌なので見て頂けますか?なんかモソモソ動いている様な気が…」
そう言いながら貴音は重ねている手を横から覗こうとしている。
「ん、ちょっと待って。月明かりだけで見えるかな…」
プロデューサーが丁度手を覗き込む様な形で立ち止まる。
「よろしいですか…?」
プロデューサーはゴクリと唾を飲んで身構えた。
「うん、大丈夫…だと思う」
「ふあっ!」
貴音が急に声を上げる。
「どうした!?」
プロデューサーは咄嗟に貴音を見上げた。
「クスッ」
月明かりを背に受けた貴音が口元が小さく歪んでクスリと笑みが漏れた。
「え?」
貴音は重ねていた手の平を開いてプロデューサーの頬に当てた。
「ウ・ソ♪」
不意に視界が塞がれると続いて柔らかい感触が唇に触れた。
「ン…」
「っ!?」
何が起きたのかプロデューサーは把握出来なかった。
フワリと唇を塞いだ柔らかい感触
焦点が合わない程近くに見える貴音の長いまつ毛
風に揺られて鼻腔をくすぐる髪の香り
離れる感触から名残惜しそうに唇を撫でた甘い吐息
「クスッ、フフフッ♪」
「あ、あの…」
「さ、では戻りましょう。皆が心配してしまいます♪」
貴音は嬉しそうにプロデューサーの手を引くと響達の待つホテルへとゆっくりと歩み始めた。
好きと言う気持ち
色々悩んだり、考えたりもした。
どんな気持ちなんだろう
どう言う事をそうと言うのだろう
「プロデューサー様」
左手の温もりの主に問い掛ける。
「どうしたの?」
その主はちょっと頼りなくて
「本当に私の事好きですか?」
「なっ!?さっきも言ったじゃないか…」
可愛く思えたりもする。
「もう一度聴きたくて…」
「うぅ…ん。………好きだよ」
でも、そんな主の隣に居る私は
「クスッ、フフフッ♪」
「な、なに…?」
「いいえ、私も」
主よりもほんの少しだけ可愛く見えるかもしれない。
「いっぱいいっぱい好きです。大好きっ♪」
口にすればする程、その気持ちが強くなっていく。
そう、考えても仕方がなかったんだ。
好きだから好き
理由なんてきっと後付でしかなくて
好きだから好き
それだけでいいんだ。
好きなのだから仕様がないんだ。
これからもそう想い続けて行こう。
これまでに彼がくれた思い出を
今度はそこに私も加えて
二人の思い出を…
あとがき
はいどうも、秋風です。
えぇ、最後の方はギャルゲーみたいな感じになりましたが…貴音のSSこれにて完全終了です。
如何でしたでしょうか…?
あれだけ4話分も書いておいて実は書きたかったのここだけと言う…。
でも、この部分だけは結構すらすら行けたんですよねぇ…。
ま、このお話しも大分無理矢理な部分が多いですね。
どうしても貴音に「不意打ち」をさせたかったんですよねぇ。
不意打ちの部分だけはそのシーンを妄想して頂けると嬉しいです。
大人びてる貴音の子供っぽい感じが想像出来るのではないでしょうか?
それとどうしても「魔弾の射手」を題名に付けたくて今までよく知らないドイツ語タイトルを付けてます…。
「魔弾の射手」は響の伏線を書いた時点でタイトルにしよう!とか思ってました。
歌詞書きましたが読み方は適当ですのであしからず。
さてさて、アイマスはもうこれでお終いですね…多分。
なんか、最後の奴くらいキチンとしたものにしたかったんですが…。
秋風の中での傑作である千早、小鳥、美希のSSには遠く及びませんでした…T-T
やっぱりあの頃のノリは一味違ったと言う事なんでしょうか?
まぁ結構、旬でしたしね。
次はドリクラです!(嘘です)
でも気が向いたらやるかも…
そんなこんなでした。
最後まで読んで頂きましてありがとうございました!